やぎや日記

トンネル山から
<< January 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
”やまのやぎや”の山

凍る冷たさの日でも、室内から眺める遠景は格別。今朝は早朝から遠くの山の上に海があるような景色だったが、その海は広がって空になってしまった。

夕方になる前には”まちのやぎや”へ出かけること5日目。だんだん慣れてきて、こんな厳寒でも夜の街がそれなりに居心地が良くなってきている。ただし、12時になんなんとする時刻に帰宅するのはそれなりに慣れないこと。室内の暖かさにたどり着くとまたそれがありがたい。暮らしかた冒険家/SちゃんのFBに書き込んだ自分のコメントは、「映画やコンサート終了時、9時半過ぎて寄れる食べもの屋がなかなかないねーということから、ついに自分たち自身が寄れない状況を作ってシマッタ・・・」。数百メートル先に通った映画館があるし、ススキノがあんなに近いなんてことにも今更ながらに気づいた。ススキノ歓楽街はまあ無関係の関係だけれど・・・。

 

 

 

 

| shanghairo2 | - | 11:19 | comments(0) | - |
木曜日:壁の華、整う

昨年までは木曜日は温泉行きの日だった。のんびりと頭の見えない羊蹄山を眺めて、わずかな用足しや歩き・・・。今年は”まちのやぎや”を火曜日から土曜日の夜にオープンした。定例の木曜日温泉から夕方までに帰って来られる確実性があれば昨年同様続けられるが、きっと木曜日の過ごし方は「仕事」になるだろう。”まちの”も3日目、壁の華が整ってきてなかなか居心地がいいスペースになっているし、ま、そのうちにいい態勢を整えよう。

<小林重予さんのコンパクトな立体。海辺の貝殻なんかでこんなに可愛くて美しい造形が可能だなんて・・・。14Kの髭のような、糸のような部分が綿くずをかぶっている。、>

<小長井Kaorouさんの版画2/16。刷られた版画16枚のうちの2番目でタイトルは「境界」。最初のは彼女のお姉さんへとか。かおるさんもお母さんになったけれど、これは芸大卒業前後の作品。>

 

| shanghairo2 | - | 00:58 | comments(0) | - |
”まちのやぎや”:狭いながらも・・・

”まちのやぎや”の壁にかかった作品たち。厨房から最もバランス良く見えて、音楽同様、多くの思い出を語っている。

<買ってからもう30年も経ってしまった、田島征三さんの版画/ブロッコリー。今だに美しい。>

<新規オープンに購入=斎藤周さんの『光の時間」。どこから光は来ているの?>

<レスリー・タナヒルさんの絵は難解?”Language is a process・・・, study B, C”。サンフランシスコでお元気かな?>

<映画:「とべない沈黙」の脚本を担当した、蝶々マニア/松川八州雄さん(ドキュメンタリー監督)のたくさんの遺品から。>

 

 

 

| shanghairo2 | - | 09:31 | comments(0) | - |
狭いながらも楽しい文机

掃除機をかけるのは二の次で、まずは動かすのが好き。小さな、暖かいコーナー=書斎?文机を整え直した。これで仕事がはかどる積もりになる。何しろ幾つかのことを抱える'17の始まりだ。自由気ままなブログ程度のパソコンはまさに日記なのですぐに慣れ親しめる。が、仕事上での、忘れる、見落とすなどがないためは、予定/連絡はパソコン他でと勧められる。実は手書きや適当な大きさの手帳が性に合っているけれど、これはもう時代遅れ?他の人とのコミュニケーションを取っていくためには時代遅れは時代遅れ。意に反して携帯を持ったら、すぐ次にはiPhoneだという。ということが直接関係しているかどうかは定かではないけれど、まずは整理整頓された机というわけで、少し移動して後、掃除機も久しぶりに。あれこれ動かすのは楽しい、好きな趣味。アボカドの実生とローズマリーを友にして、これで全てスムーズにいきますように・・・。バックにはジョージ・ハリスン、ザ・バンド&ボブ・ディランなどなど数十年前のCD。10日からスタートの ”まちのやぎや”:段取り&メニューを考えている。

 

 

 

| shanghairo2 | - | 22:53 | comments(0) | - |
夜時間は長い?

若い頃は1日を何回にも使えた。夜は夜で別メニューをこしらえることができた。今は夕食以降はなーんにもできない。しようと計画だけはするが、大抵は『もうベッドに。明日できることは明日に』となる。間に合うかのギリギリでも頑張ることができない・・・・。言い訳はいくらでも頭に浮かべられる。『寝ないとどこかがおかしくなるはずだ・・・、ボーッとあるいは自由に時間配分することを体が要求している・・・』etc.  ただし、なぜか今晩は、易きに走る自分を反省!というわけで、明日になんなんとする時刻にいろいろ取り出して漬け込む。頭の中ではベッドに潜り込んでからの編み物時間の楽しさを想像している。あの色の次はあの色を入れて・・・とか。しかしこれもすぐさま両目がふさがって放り出すこと確実。老人学会が75歳からを老人=高齢者と規定したようだけれど、高齢者ってなんだろうう?それまでは何でもいくらでもできるということかな?

<これも実はギリギリで、10日の”まちのやぎや”に間に合わせなくてはいけないのだった。>

 

 

 

| shanghairo2 | - | 22:50 | comments(0) | - |